こころのよりどころ

こころのよりどころ

「こころのよりどころ」ってありますか?
というか、この歳になるまで、そんなことすら考えたことがありませんでした。
ん〜、自分のこころのよりどころってなんだろう?
ちょっと考えるできごとがあったので残しておこうと思います。

いつものように朝食を食べていると、妻から実家の片付けを急がないように忠告されました。

両親が亡くなり、誰も住んでいない実家の処分をすることにしましたが、兄が遠方にいるため、実家の隣町に住んでいる次男である僕が、いろいろと手続きを進めることになりました。

実家は田んぼのなかにぽつんと分譲された場所でしたが、60年の間に、近くに市役所が移転してきたり立派な文化会館ができたりして、田んぼは売り払われ住宅が立ち並びました。歩いて10分ぐらいのところには駅と大型ショッピングモールまでできて、長い年月をかけて変貌を遂げました。

知り合いの不動産家に相談したところ「買い手は割と早めに見つかると思う」と言われたので、焦ってはいませんが、空き家を放置しているのはあまり気分のよいものではないし、空き家の譲渡所得の特例という制度が2027年12月が期限となっているので、それまでには売却していたいと考えています。

調べてみると、名義変更から譲渡、譲渡所得の特例を受けるまでには、次から次へと書類が必要になります。

段取りや書類はかなり多いので、別記事にまとめようと思います。

先日、実家のある街の市役所に出向き、実家の評価証明を取り、空き家の対策をしている部署にも立ち寄って、空き家の譲渡所得の控除について聞いてきました。

その後、法務局に行って、名義変更の手続きについて問い合わせましたが、資料を渡されただけで、相談は決まった曜日に申し込みが必要とのこと。
あとで資料に目を通したら、これは説明する方も大変だなと思うような資料でした。

帰る前に実家に寄ってみました。

玄関の上がりに2足のスリッパが並べてあったのを見て、ときどき妹が片付けに来ているのだな、とわかりました。

なかに入ると、台所の食器やタンスの衣類が段ボールに入れられて、あちこちに置かれています。

妹は母の洋服や着物を気にかけていて、すごい量だと嘆いていました。

「もう着れないし、家を取り壊すときに処分すればいいから、片付けはほどほどにしておけ」と僕は妹に言っていました。

電気も水も止まっているから、冬の間は寒いし、片付けも進まないのだろう。暖かくなったら残りをやるつもりなのかな、と思いながら、2階に上がって自分が残したレコードや写真を見ましたが、持ち帰る気にもなれず、早々に帰りました。

そのことを妻に話したら「実家の片付けを急がないように」と諭されました。

妹は結婚してからもよく実家に帰って母と話しをしていました。

妹の相手は少し変わったところがある人らしい(聞いた話なのでよくわからんが)ので、愚痴を聞いてもらっていたのかも知れません。

最近になって妹と話したときには、どうも子どものことでも悩みを持っている様子で、兄弟ながらちょっと心配になりました。

妻は「妹にとって母はこころのよりどころだったんじゃないかな」と言います。
だから母の遺品を片付ける時間も大切な別れの時間だから、急かすようなことをしてはいけないというのです。

確かにそうなのかもしれない、と思いました。

兄貴は妹と歳が離れているし、僕はといえば、大学時代からあちこち泊まり歩いて、ほとんど家にいなかったし、社会に出てからは妹とは1年に1度会うかどうかだったから、妹がどんな人生を送っているかなんて、てんで無頓着です。

考えてみたら、なんでも話せるのは母だけだったのでしょう。

妻も母親にはなんでも話していたし、側からみても仲の良い親子でした。

みんながみんなそうじゃないけど、母と娘というのは男にはわからない特別な結びつきがあるように思います。

しかし妻のお母さんは突然亡くなります。
僕はその頃、仕事が忙しくて、すべてが仕事優先。心無い言葉や行動で妻につらい思いをさせてしまいました。

妹はどんな人たちに囲まれて生活しているかは完璧にはわかりませんが、こころのよりどころはあるのだろうか。と考え込んでしまいました。

兄としてはあってほしいと願うばかりなのですが……

いまの僕にできることといえば、実家の名義変更や処分を自分勝手にどんどん進めるようなことだけはしないことなのだと思うのです。

娘が母を亡くした喪失感とは、帰るべき港を見失ってしまった船に乗っているかのように、不安で落ち着かないものなのかも知れません。

こころのよりどころ──目に見えないもの。大事にしたいもの。

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